ローマ旅行記 第2日目

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今日はローマ滞在2日目を紹介させていただきます。まず、朝は腹ごしらえです。ホテル・マンフレディの朝食ビュッフェでは、パン、シリアル、フレッシュフルーツ各種、マフィン、ケーキ、パイ、チーズケーキ、クロワッサン、卵、ベーコン、ハム、チーズ、ヨーグルト (自家製ヨーグルトもあり)、フレッシュジュース各種などが揃っています。それも、パンやケーキ類はすべてホテルのキッチンで焼いているので早朝になるとなんともいい匂いが私たちの部屋の中まで漂ってきました。そして朝食ルームの給仕係さんがおいしいカプチーノを入れてくださいます。

すでに多くの方はご存じだと思いますが、イタリア人がカプチーノやカフェラテを飲むのは朝だけなんですね。その後はエスプレッソに切り替えるようです。なので午後や夜になってカプチーノを注文するのはとっても奇妙で変人だと思われるらしいです。でもローマのような大都市では時間に関係なくカプチーノを注文する旅行者に慣れているんじゃないかと思いますが。。とりあえず私たちは「郷に入ったら郷に従え」で、朝だけ頼みました。ところでイタリアにはスタバはないですね~。できても流行らないんじゃないでしょうか。イタリア人はイタリアのコーヒーにプライドを持っているし、バールと呼ばれるカフェがあちこちにあって、カウンターでエスプレッソを注文して一気飲みしてさっと立ち去るのがイタリアンスタイルのようです。

ホテルの朝食

お腹が一杯になって満足した後は、ホテルから数分歩いたところにあるスペイン階段を訪れました (下の写真)。ここはご存じの通り、「ローマの休日」の映画シーンで有名になったところですね。スペイン階段は1723~1725年に建設されました。階段を上がったところには、トリニタ・デイ・モンティ教会というフランスの教会があります。この教会はフランス王ルイ12世の命によって1502年に建設が始まりました。教会の前に立っているオベリスクは法王ピウス6世の命によって1789年に建てられたものです。スペイン階段は写真を撮る観光客でいつもごった返していますが、朝早く行けば比較的空いているようです。

ここで旅行のアドバイスです。といっても旅行慣れしている日本人の方々には言うまでもないことですが、イタリアでの旅行中はバッグを写真の私のようにたすき掛けにすることをお勧めします。スリの被害に遭う確立が少なくなります。イタリアには大きな犯罪はあまりないものの、相変わらずスリは多いようです。特に混んでいる観光スポット、地下鉄、バスの中では大人にも子供にもご注意くださいね。グループでぐるになって犯罪を行うことが多いようです。

スペイン階段

スペイン階段とトリニタ・デイ・モンティ教会

次に、メトロに乗ってこの日のメインの目的地であるコロッセオ (Colosseo) に向かいました (下の写真)。到着したときにはすでに入り口にものすごく長い行列ができていました。でも私たちは地下鉄の駅で3日間有効のローマ・パスを購入していました。このパスがあると、コロッセオをはじめとする最初の2か所の観光スポットには列に並ばずに追加料金なしで入場できるほか、メトロやバスなどの公共輸送機関も乗り放題になります。コロッセオに行く前にはこのパスを購入する価値がかなりありますよ。

コロッセオの建設は、ヴェスパシアヌス帝の命で72年に始まり、その息子ティトゥス帝の時代の80年に完成しました。このローマ帝国最大の円形劇場は50,000人を超える見物人を収容することができ、長さ189メートル、幅156メートル、面積24,000平方メートルの大きさを誇っています。

コロッセオ

コロッセオ

下の写真はコロッセオの内部と地下を示しています。当時は1階は木製の床で覆われており、地下には舞台装置のほか、猛獣や戦いの準備をする剣闘士が控えていました。107年のダキア戦争の勝利を祝うためにトラヤヌス帝が行った催しは123日の期間にわたり、北アフリカや中近東から連れてこられた11,000頭の猛獣と10,000人の剣闘士による殺し合いが繰り広げられたと言われています。これらの催しはローマ市民に熱狂的な娯楽を提供し、6世紀の中頃まで続けられました。

コロッセオ内部

コロッセオを見学した後は、パラティーノの丘 (Monte Palatino) とフォロ・ロマーノ (Foro Romano) に向かいました。パラティーノの丘は、古代ローマ人が紀元前約1000年くらいから住んでいたところです。共和制ローマ時代 (509 BC ~ 44 BC) には貴族や有力者がここに住み、帝政時代 (27 BC ~ 476 AD) にはアウグストゥス、ティベリウス、ドミティアヌスをはじめとする皇帝がここに住んでいました。正方形のフォロ・ロマーノは、重要な政府の建物の遺跡の数々に囲まれており、数百年間の間、古代ローマの公共生活の中心として発展していきました。

下の写真はフォロ・ロマーノにあるトロヤヌスのフォロと呼ばれる遺跡で、106年に終わったダキア戦争中に得た数々の戦利品を使用して、トロヤヌス帝の命で建設されたものです。この広場の両側には列柱が並び、その外側にはエクセドラと呼ばれるベンチを配した部屋を含む壁がありました。広場の中央には6頭立ての二輪戦車に乗ったトロヤヌス帝の像が建てられ、北側にはウルピアの会堂が建っていました。写真の中でトロヤヌスのフォロの後ろに立っている高い柱はトロヤヌスの記念柱 (Colonna Traiana) で、トロヤヌス帝のダキア戦争の勝利を記念して建てられ、113年に完成したものです。 柱の内部には螺旋階段が上まで続き、柱の土台部には皇帝の遺灰が葬られています。

フォロ・ロマーノ - トラヤヌスのフォロ

フォロ・ロマーノ – トラヤヌスのフォロ

下の写真はトラヤヌスのマーケット (Mercati Traianei) で、いわば世界最古のショッピングモールです。3階建てのアーケードには皇帝のオフィスのほか、商店や食べ物屋、アパートが含まれていました。

フォロ・ロマーノ - トラヤヌスのマーケット

フォロ・ロマーノ – トラヤヌスのマーケット

下の写真はセヴェルスの凱旋門 (Arco di Settimio Severo) で、セヴェルス皇帝とその2人の息子によるパルティアとの戦いの勝利を記念して203年に建てられました。 パネルには戦いのエピソードが描かれています。

フォロ・ロマーノ - セヴェルスの凱旋門

フォロ・ロマーノ – セヴェルスの凱旋門

下の写真は古代ローマの神、サトゥルヌスを祀ったサトゥルヌスの神殿 (Tempio di Saturno) の一部です。ここは古代ローマの最も真正な場所の1つで、国家の財宝が収められていました。現在残っている部分は紀元前42年に建て直されたものです。

フォロ・ロマーノ - サトゥルヌスの神殿

フォロ・ロマーノ – サトゥルヌスの神殿

下の建物は、アンテニヌスとファウスティーナの神殿 (Tempio di Antonino e Faustina) と呼ばれる神殿です。この神殿の建設は、死後に神格化されたアントニヌス・ピウス帝の皇后ファウスティーナのために141年に始まりました。皇帝自身も後にここに葬られました。その後増設された教会は11世紀にローマカトリック教会に改宗されました。現在の教会は1602年に再建されたものです。

フォロ・ロマーノ - アントニヌスとファウスティーナの神殿

フォロ・ロマーノ – アントニヌスとファウスティーナの神殿

下の写真はマクセンティウスのバシリカ (Basilica di Massenzio) と呼ばれる建物です。このフォロ・ロマーノ最大の建物は308年にマクセンティウス帝によって建設が始まり、コンスタンティウス帝によって312年に完成しました。この建物は裁判所、議事堂、会合の場などのさまざまな目的に使用されていました。西側の半円形の空間にはコンスタンティヌス帝の巨大な像が置かれていましたが、この像の一部は現在カピトリーニ美術館の中庭で見ることができます。

フォロ・ロマーノ - マクセンティウスのバシリカ

フォロ・ロマーノ – マクセンティウスのバシリカ

下の写真はティトゥスの凱旋門 (Arco di Tito) で、ドミティアヌス帝が兄のティトゥス帝のために、70年のエルサレム攻囲戦などの勝利を記念して82年に建設したものです。パリの凱旋門はこの凱旋門がモデルとなっています。

フォロ・ロマーノ - ティトゥスの凱旋門

フォロ・ロマーノ – ティトゥスの凱旋門

フォロ・ロマーノとパラタインの丘には以上のほかにもさまざまな見所があるのですが、全部を詳しく見て写真を撮ることはできませんでした。ですがほとんどの主な見所はおさえて満足したのでこの場所を後にしました。

次に訪れた下の大きな白い建物は、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂 (Monumento Nazionale a Vittorio Emanuele II または Il Vittoriano) です。イタリア統一後、初の国王となったビィットリオ・エマヌエーレ2世の偉業を記念して建てられたもので、落成式は1911年に行われ、1935年に完成しました。建物の幅は135 m、高さは70 mにも及びます。中央の像はエマヌエーレ2世の騎馬像で、その下には「ローマの像」があります。「ローマの像」の足下には第一次世界大戦で戦死した無名戦士を祀った「祖国の祭壇」が造られ、その両側に立つ2人の儀仗兵に常に護衛されています。この記念堂の設計は実は多くの批判を浴び、「タイプライター」、「ウェディングケーキ」、果ては「入れ歯」などのさまざまなニックネームが付けらています。

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂

この記念堂を訪れた後はこのすぐ近くにあるカピトリーニ美術館 (Musei Capitolini) に行きたかったのですが、力尽きてしまい、ホテルに戻りました。ホテルで一休みした後、夕食に出かけたのですが、この日に選んだレストランはTripadvisorとYelpでやはり評判がよかったSofiaというレストランです。このこじんまりとしたチャーミングなレストランはスペイン階段の近くにあります。予約をせずに7:30 pm頃到着したところ、9時に別の予約が入っているので1時間半しかないんですがとすまなそうに言われました。私たちは1時間半あれば十分だろうと思って、「ノー・プロブレム!」と言ってテーブルに案内してもらいました。私が注文した最初のお料理 (プリモ) は、薄くスライスしたカボチャのグリルにチーズとジェノベーゼソースが添えられたものです (以下の写真)。

Sofia - プリモ

主菜 (セコンド) は、スライスした茄子の内側にリコッタチーズが詰められたものです。このチーズも新鮮でとっても美味しかったです。それに、日本人にはちょうどいい量でした。

Sofia - セコンド

そしてデザート (ドルチェ) は、フォンダンショコラのようなチョコレートケーキにカスタードソースが添えられたものです。これはまさにちょうどいい甘さで、文句なしデリチオーソ (デリシャス) でした!

Sofia - ドルチェ

このときデザートと一緒にデカフェのエスプレッソを注文したのですが、なんでデザートと一緒にコーヒーが出てこないのかなあと思っていたら、その理由がすぐにわかりました。イタリアではデザートを食べてから「コーヒーはいかがですか?」と聞かれるようなのですが、とっても小さなカップにエスプレッソが半分ぐらい注がれたものが出てくるのです。2口か3口ぐらいで簡単に飲み干してしまう量です。イタリア人はこれにお砂糖を入れて飲むみたいです。これが、最後にちょうどいい口直しって感じで理にかなっていました。帰国後にいつかイタリアンレストランに行ったらデザートの後にエスプレッソというのをまた試してみたいと思ってしまいました。おいしいイタリアンレストランがあればの話ですけど。。最後にコーヒーを飲み終わったときには時間が迫っていてちょうど1時間半が過ぎたところでした。最後の方では時間を気にしてちょっと焦ってしまったので、イタリアでゆっくりと夕食を楽しみたい場合には少なくとも2時間の余裕がないとだめだなあと思いました。アメリカだと食べ終わるとすぐにお勘定を持ってこられてなんだかせかされているように感じることがよくありますが、イタリアではこちらがお願いするまで決してお勘定を持ってこないのですね。ゆったりとした気分でそれぞれのお料理を一口ずつ味わいながら、楽しい会話と共に食事をするのってとても大切でいいことだなあと改めて思いました。その方が消化もいいし、不思議と太らないのですよね。

 



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